★ ブレイク・マンデー(^^♪ ★「正しい態度をとりなさい」その1

「正しい態度をとりなさい」その1

態度とは無言で語り掛ける言葉なのだそうだ。相手に熱意を持たせる為に自分も熱意的になることだ。熱意的になる事とは張り切る事。それには物事を深く研究し、活気を与える存在になること。そして、グッドニュースを広めるのがコツなのだそうだ。

♢「巻頭」で、"大きく考えることの魔術(ダビット・J・シュワルツ著)"を掲載中です。♢

☆★☆━━━━━━━第105回<<

『ブレイク・マンデー(^^♪』

※ 週の始まりを明るく向かえましょう。※

今週も清々しい気持ちと共に、

「目覚めの一曲」を

ご紹介いたします。

最近のテーマは

『掻き立てられる好奇心』。

━━━━━━━━━━━━☆★☆

「海行かば」

国民歌謡として親しまれる曲です。大伴家持(おおとものやかもち)氏の作品、「陸奥国に金を出す詔書を賀す歌一首、并せて短歌」から作られました(wiki.)。その作品はとても長い文章で構成されています。また、大伴家持氏の先祖で「記紀」に登場する大久米命(おおくめのみこと)が登場します。大久米命は神武東征の逸話に登場します。大変丁寧な解説をされている小名木善行氏の文章(▶ http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1867.html)を見つけました。 要約するとこんな感じです:

大君を中心として、大君が民百姓を宝とするのが我が國の國體である。民百姓を護る為に、権力者である自分(大伴家持氏)はボロボロになって戦い、海山に屍を晒してもよい。それが「青雲の志」だ。

海行者 美都久屍

山行者 草弁須屍

大皇乃 敝尓許曽死米

可敝里見波勢自


海ゆかば 東京混声合唱団

https://youtu.be/7FyQjiFFLPI


☆★☆━━━━━━━第95回<<

「歴史書古事記全訳」武光誠(たけみつまこと)氏著

「上巻 天照大御神と須佐之男命」を読みました。

『週に一度、行きつけの喫茶店で

古事記の読書と内容をまとめています。 』

※ 毎週月曜日早朝更新予定です ※

━━━━━━━━━━━━☆★☆

『八俣遠呂智退治』

⑤須佐之男命の求婚

★ 出雲の國に降り立った須佐之男命は老夫婦親子に遭遇します。「八俣遠呂智が娘達を毎年毎年さらうので困惑している」と、老人が打ち明けました。八俣遠呂智の事を尋ねた須佐之男命は... ★

少子化の原因を核家族化にあると論じた方の事を思い出しました。家族に人数が多ければ、家族其々が目の前で成長してゆく様子を見て取れます。つまり、時間軸を自然な形で計量化できるのです。「自分自らも歳を重ねる事を忘れてるのが原因だ」と、その方は伝えたいようでした。また、時間の経過と共にスペックも変化するものです。以前、スペックで家族になる相手を選ぶ風潮がありましたが、最近はどうなのでしょうか?

さて、本題に戻ります。老人・足名椎(あしなづち)の悩み事を聞いていた須佐之男命でした。「この少女がお前の娘なら、私にくれないか?」と、仰せられます。「恐れ多いことですが、貴方様のお名前を存じ上げません。」と、足名椎が申し上げました。

尚、古事記全釈(植松安氏&大塚竜夫氏共著, pp.81)には、「恐(かしこ)けれど」を「恐れ多い事ながら」と解説されています。強大な影響力を持つ八俣遠呂智に、多くの娘達を差し出す事意外に選択肢がなかった足名椎でした。須佐之男命の申し出に対して、親として複雑な心境であった事に違いありません。自然に発した言葉だったと推察致します。「危険を省みずに目の前の親子をを助けたい」。これをスペック以外で家族になる理由と呼ぶならば、これ以上に純朴で勇気のいる決断は存在するでしょうか?

☆★☆━━━━━━━━━━━━

「古事記」にまつわるお話。

 ~好奇心の物実~

━━━━━━━━━━━━☆★☆

『神話を体現したお祭り』

③農学者の奉納

地域情報紙・常陽リビング(2015年7月18日)から、現在の獅子頭は江戸時代の農学者・長島尉信(やすのぶ)氏が寄進したと推定されるそうです。長島尉信氏(1781-1867)は現在のつくば市小田地域に生まれます。長島家の養子に、若くして小田村の名主になったそうです。40歳を過ぎてから読書の習慣を身に付け、法律・天文・算術を中心に学びます。

45歳で家督を譲り、江戸にて本格的な勉学を始めます。農村改革等の執筆活動(国土地理院)の結果、水戸藩で御土地方御郡方勤(土地の測量)として、領内の検地を行います。天保14年(1843年)より土浦藩で、検地や土浦城の修復に勤しみました。

国土地理院のウェブサイトに日本の測量技術に貢献した偉人の紹介がされています。特に、性格について触れています。自分の死後、普段の行いが公の場所に記載が残る事に感慨深い物を感じました。今日、長島尉信氏は地元でとても大切にされています。屋敷跡に土塀が修復された経緯を紹介した映像を見つけました。是非、ご鑑賞下さい:

茨城新聞(2015年7月)

「つくば市の旧長島邸を官民一体で修復」

https://youtu.be/a5IBlGW7ALM

修理固成

『古事記の書評コラム』を素敵なBGMと共にお届け致します。日本の素晴らしさを再発見! ウェブマガジン『ブレイク・マンデー(^^♪』として、毎週月曜日早朝に更新致します。